しでちゃんの師匠の宮藤さんと角川(四年次)の馴初め。えへ。
エロが書きたかったので前段とかないです。唐突にエロです。
いちおうお仕事したときに宮藤さんのほうが惚れちゃって電話聞き出して飲みに誘ってそのまま……というつもりですが。そのうち本編のほうで時期的なものが固まってきたらちゃんと書きたいなあとも思いつつ。
「なあ、俺と寝てみない?」
その冗談めかした口調と、じっとりと重たく湿った視線とのギャップに背筋が顫えた。
宮藤の家は一LDKの小綺麗なマンションだった。実によく整頓されていると言うかそもそもものが少ない。テレビと立派なオーディオセットが設置されたリビングの真ん中に組み立てっぱなしの簡易譜面台がぽつんと立っている。CDやビデオカセットの類いはおそらく隅に積み上げた箱の中だろう。そのそばの床に黒いバイオリンケースとどういうわけか管楽器らしい四角いケースがひとつずつ。キッチン寄りに簡素なテーブルが一脚、椅子が二脚。テーブルの上にはコーヒー用の口の細いポットが出しっぱなしだがカップその他は流しに下げてあるようだ。
「荷物適当に置いて。こっち」
誘われたベッドがあるだけの私室はグレーで統一された六帖ほどの洋間で、クローゼットの扉が半分開けっぱなしになっていた。几帳面なのかと思えばどこかおおざっぱで、そんなところになぜか少し安心する。
部屋に招き入れられたまま落ち着きなく突っ立っている俺を宮藤はいきなり振り向いたと思うと腰と頭に手を回してキスを重ねてきた。隙を見てとったかすぐに舌で侵される。情けないことにそれだけで反応してしまった。
「シャワーはあとで良いよな?」
尻上がりながら問答無用の口調で宮藤は俺をベッドに座らせそのまま押し倒す。上衣をハンガーにかける間も惜しんで床に放り出すと呆然として寝転んでいる俺を真上から見下ろした。おもむろに体勢を下げてキスしようとするのをすんでに躱すとあからさまに不満げな顔をされたが、完全に面食らった状態の俺には気を回す余裕などなかった。
「あ、あの、その、ちょっと、まって」
そんなことを言って宮藤の肩をやんわり押し戻そうとしたら思い切り手首を押さえつけられて強引にキスされた。ちょっと待ってって言ってるのに。ずいぶん長々と乱暴に弄られて危うく呼吸困難である。
「……待ってなんて、今更」
あちらも息を切らした調子で恨みがましげに宮藤は言う。俺は慌てて答えた。
「いやあの、そうじゃなくて、確認というか!」
「なにを?」
「俺が……ええと、なんて言うんです? 下、なんですか……?」
俺がそう言うと宮藤はきょとんとしてああ、と気の抜けた声を出した。
「てっきりそのつもりだったけど、嫌?」
「嫌……というか、ええ、そうですね嫌です」
それは嫌だ。俺はそもそもゲイじゃないのだ。しかし宮藤は少々思案顔になっただけですぐ耳許に口を寄せ。
「大丈夫気持ち良いって。精一杯やさしくするからさ」
冗談じゃないと思ったが両手はがっちり押さえ込まれている。
「そういう問題じゃ……ちょっ、わっ」
文句には聞く耳もたず宮藤は俺の耳に舌を差し入れ耳朶を甘がみし首筋を吸いながら下半身を押し付けてくる。喉にキスしながら片手を伸ばして俺のジーンズの前を解放する。追いかけた俺の指先は弱々しく宮藤の袖を掻く。下着の上から撫でられてぞくりとした。
「もうガチガチじゃない。一回抜いてから考えよっか。ね?」
なにが「ね?」だこのスケベ親爺。なんで絆されたりなんてしたんだろう。後悔先に立たず。遅きに失するとはこのことだ。宮藤の指がするすると下着を撫で回す。やわらかく、ほとんど触れ合うだけの力で。片手は俺の手首を押さえつけたまま、宮藤は俺の喉や首筋についばむようなキスを繰り返した。だんだん止めようもなく息が荒くなってくる。唐突に、少しだけ強く先をこすられて声が漏れてしまった。
「気持ち良い?」
尋かれたけれど俺は答えなかった。宮藤は手探りで俺の下着をずらして今度はじかに触れ、上から顔を覗き込む。憎らしい笑顔で。
「抵抗しなくなったね」
俺は一度宮藤をきっと睨みつけて、それから結局目を逸らした。柔らかな手の動きがもどかしい。じっとこちらを見守っているらしい気配。目を閉じる。唇が触れた。軽く、それから大胆に。濡れた舌が舌を、歯茎を、歯の裏側を徹底して犯し尽くした。
抵抗なんて。
頭はほとんど真っ白で、自由な左手は支えを求めて宮藤のシャツをつかんだ。驚くほど自然に昇り詰めかつてない激しい予感とともにそれはきて。
弛緩した舌から余韻の糸を残して宮藤は離れた。重い瞼を閉ざしたまま俺は繰り返し大きく息をついた。
「ちょっと待ってて……寝るなよ?」
寝るなだって? 圧倒的に虚脱した神経をアルコールが見る見る征服していくというのに。そういえばあんな良い酒飲んだのはじめてだ。ふわふわと気持ちよくなってくる。
ぴとん、と冷たいなにかが頬に押し当てられ。
「寝るなって言ったのに」
「……寝てまへん」
「嘘つけなんでなまってんだよ」
目を開けると視界の隅にそのなにかを置いて宮藤は俺のジーンズを下着と一緒に引っ張り下ろした。靴下と羽織っていたシャツも剥ぎ取られる。ああやばい、と思うのに怠くてからだが動かない、どころかされるままベッドの方向にきちんと寝かせられる。そのあとごそごそなにかしていたと思うと続いてふたたび手に取った瓶――そう瓶だ――の蓋をからからとはずす。俺は目を疑った。
「それ……」
「ああご無沙汰だからさ、ローション買うの忘れちゃって。コンドームはあったから、これで我慢して」
「がまんって料理用」
のオリーブオイルだそれは。
「大丈夫だよ。さわちゃんが言うには女はこれでマッサージするんだってよ?」
「さわちゃん?」
「辻佐和子、知ってんでしょ? チェロの」
辻……ああ辻さん、と思い出す間に宮藤はもう右手にオイルを塗りたくって俺の足をぐいと割る。
「まって、だって考えようって」
「君は考えなくて良いよ」
「うそつきぃ」
ゴムをかぶせた指がぬるりと触れて、あっと思う間に関節ひとつ、ふたつぶんほども埋まる。
「やだ」
思わず伸ばした手をとられ。
「だーいじょうぶ力抜いて、ほらちゃんと、息して」
と言われたって異物感に呼吸は浅くなる。しかしはい吸ってー吐いてーといちいち号令をかけられるに及んで落ち着いた。我ながらなんて素直な。指もそれきり以上に侵入してはこないので慣れたくもない状態に慣れてしまう。
「どんな感じ? 痛い?」
「痛くは、ないですけど」
「けど?」
「変」
「じゃあ大丈夫だ」
言うなり押し進めるのだからたまったものでない。
「ああっ」
なにやらぎゅうと痛みが襲う。思わず声が出た。
「ここだね、深呼吸。吸って?」
言いなりというのも癪だが実際そのほうが楽なので俺は深く息をした。合わせるようにその場所を宮藤は押したり離したりする。続けるうちになんとも言いようのない感じがからだの奥に凝っていく。ぞわぞわと言うかじんじん疼くようなと言うか。熱のような痺れのような。それだけでなく全身に汗が吹き出て伸ばしたきりつかまれた右手や変な角度に捌かれた脚やベッドに預けた背筋が半ばつりそうな感じに強ばってくる。なんだこれ? 逆に頭の芯はどろどろにとろけて遣り場のない左手を俺はくわえた。
「あっ駄目だよ」
咄嗟に宮藤は俺の右手をとっていた手を離し左手を口から離させた。
「左の指噛んじゃ」
そうだった。そんな基本的なことも忘れるくらい俺ははじめての感覚に溺れていた。熱い。自由になった右手で今度はシーツをつかむ。
「なに……これ?」
「ん? 前立腺マッサージ。気もち好い?」
気もち好いなんてもんじゃない。怖いくらいのそれは快楽で。
「あ……だめ、おれ」
「うん?」
「おかしくなりそう」
「いいよ。おかしくなって」
よくない。ぜんぜんよくないけど。溺れている身にあらがう術などなくて。
くうう、と指が。
「あはぁ、あああああ……」
堪えようもなく声が漏れてしまう。瞼の裏が明滅して、
痙攣。
「あ、ああ、は……ぁ」
「イったみたいだね」
イった? いまのが? 急激な切迫感も爆発的な消耗もなかった。射精もしてない。なによりも、まるで醒める気配がないのに。あるのは不思議に満たされていながらその先を求める貪婪さで。
宮藤が指を抜いた。咄嗟に待ってと言いそうになる。目を開いたら、待ちかまえたような瞳がそこにあった。
「大丈夫、まだ終わらない」
唾を呑み込んだ。
堕ちる。
指が、今度は二本。思う間に三本。
もはや痛みはなくて少しの圧迫感と今ごろになってとてつもない羞恥に襲われる。そんなとこ。あり得ない場所押し拡げられて。
「あ……」
片手で俺のTシャツをたくし上げて宮藤は乳首をつまんだ。そこがこんなに感じるなんていままで知らなかった。反応を確かめたあと宮藤は覆いかぶさるようにして唇と舌で責めた。
「ああ……やあ、だ」
相手の肩を押した手をふたたびつかまれ。
「これ、脱いだら?」
自分は上衣を脱ぎ捨てただけの宮藤はそんなことを言う。半ばヤケクソになって俺は汗でべたべたになったTシャツを仰向けのまま不器用に脱いだ。
「良い子だ」
宮藤は笑って頬を撫でた。額に張り付いた髪を払われて少しすっきりする。指を抜かれて喉がふるえた。
「……終わり?」
「まさか。我慢できなくなったの」
枕元のチェストからティッシュをとって右手から医療用っぽい手袋をはずしゴミ箱に捨てた。そんなものしてたのか。それから荒い手つきでシャツとタンクトップを脱ぎやっぱり床に捨てる。少しだけハッキリしてきた頭でその絵を見ていてなんだかドキリとした。痩身ながら上半身には綺麗に筋肉がついている。特に肩から肘にかけてのライン。
「どうかした?」
チェストの上に手を伸ばしがてら唇にキスされた。
「……」
焦らすみたいな軽いキス。俺は混乱していた。宮藤は手早くスラックスと下着を下ろしてコンドームをつける。俺のからだは意外なほど簡単にその侵入を許した。
「慣れたみたいだね。もう少しいくよ」
さっきまでいじられていたより深く、宮藤は入り込んだ。途端に俺の息は乱れる。
「痛い?」
「少し……」
「ゆっくり息して。これで全部……ちょっと慣らそうか」
そう言って、宮藤はゆっくり姿勢を落とすとそのまま唇を重ねた。俺も腕をもち上げ宮藤の背中に回す。本物のキス。どこまでも甘くとろけて、貪り合って、相手も自分もなくなるようなそれは融合だった。
「……眠い?」
からだを浮かせながらなにを思ったか宮藤はそんなことを尋いて。
「いえ」
「ごめんもう限界。動くよ」
切羽詰まった口調ながらそれでもゆっくりと宮藤は腰を引いて、またゆっくりと入れるのを繰り返した。奥を突かれるたび俺は小さく呻いて、浅い息を吐いた。さっきみたいに声を上げたほうが楽なのはわかっていたけれどどうしてか恥ずかしくてできなかった。
「どうしたの」
気づいたのか、宮藤は耳許に囁いた。
「声を聴かせてよ。色っぽく喘ぐとこ」
くそっ、わかってて。俺はたぶん真っ赤になって宮藤の背中に縋り付いた。刺激されたのか動きが激しくなる。
「んっ……うぅ」
苦しくて余計に興奮して、叫びたくなるのを堪えて。そんな無限ループに涙がこぼれる。
「あっ、そこ」
「いいの?」
「……」
「素直になれよ。こんなに締めつけて」
「んく、ああっ」
びくんとからだが強ばる。またあの疼きが、叩きつけるように襲って、全身がひとつの器官のように脈打ってはじけて、痺れて。
「はあっ、も、いっ」
「うん、俺も」
俺もと言いつつ宮藤はますます激しく突いてきて達しようとしない。それ以上ないと思っているところへ次々に新たな波がやってきて、俺はもうなにがなんだかわからなくなって、ただ快楽に覆い尽くされて一抹の恐怖だけが意識をつなぎ止めていた。
いっそ手放してしまえたら。
そのときもう一度唇を覆われていっそう激しく突き上げながら宮藤はイったみたいだった。急に勢いを失ってやわらかくキスを続けて、腰の動きもゆっくりに戻った。
一瞬唇を離したあと、宮藤は指先で俺に触れた。なにも言わず手で包み込む。
「ん……」
時間はかからなかった。宮藤とキスしながら俺は果てた。
背後から掌が胸を撫で下ろし腰の辺りを抱き寄せた。目を開けて肩越しに振り向くと拘束が緩んだので俺は仰向けになって顔を向けた。
「起きてたの」
「……寝てたかも」
たぶん。どれくらいの時間が経ったのかもよくわからなかった。いつの間にかかけられていた毛布の中から宮藤は腕を抜き、俺の頭を抱くようにしてキスした。
「キスが好きだね」
「さあ」
「好きだよ、絶対」
もう一度胴に腕を回してぎゅう、と抱き締められる。寝返りを打って宮藤のほうを向いた。宮藤は俺の髪を撫でた。
「抱いてくれないの? さっきみたいに」
俺は真っ赤になって顔を伏せた。それから、縮こめていた手を宮藤の腰に回した。宮藤はスラックスを脱いでしまったみたいで下着だけつけていた。
「当てようか……戸惑ってるね」
「そんなの、当てるもなにも」
「よかったんだ」
「……すごく」
顔を見られるのが嫌で俺は額を宮藤の鎖骨に擦り寄せるみたいにくっつけた。この動作のほうが遥かに恥ずかしいかも知れないけれど。宮藤は笑った。
「嬉しいね」
「はじめてなのに……男に、抱かれるなんて」
「なんにだってはじめてはあるよ」
頭を撫でられて顔を上げる。
「はじめて楽器を弾いたとき、楽しかったろ?」
その喩えは……適切じゃない。
「よく憶えてません」
声が硬くなったのに気づいたのかも知れない。宮藤は少し変な顔をしたあと、ただ唇を重ねた。