「クラシックがお好き」歩海と辻佐和子さんのイチャイチャ。
辻さんは角川さんの先輩のチェリスト。セミプロ。
差し出されたものを見て僕は困惑した。
「目隠し……?」
「そう、着けて」
辻さんは嬉々としてアイマスクを渡そうとする。手を出すのを躊躇っているとむくれた顔で睨まれた。
「なんで受け取らないの」
「だって、そんなの」
「良いから着けなさい」
と、ついに自分で僕の目を覆ってしまった。立ったまま目を塞がれてはどうしたら良いかわからない。
「あの……」
「とらないでね」
思ったより大分近いところに息遣いを感じて僕はドキリとした。辻さんは耳許に囁いていたのだ。両手が僕の肩に触れ、導くように押した。されるまま向きを変えて膝を折るとベッドに腰を下ろすことになった。両手で今度は頬を包み込まれ、唇に柔らかいものを感じた。すぐに湿った舌先が触れ、そのまま差し入れられる。
僕は抵抗せず受け入れた。濡れた音がやけに大きく響く。手が離れ、シャツのボタンを一つずつ外していくのがわかった。やがて唇も離れ、それが胸に触れる。僕はベッドに背中から倒れて、繰り返し吸われて知らず知らずに呼吸が早まる。見えないというのはそれだけで不安で、なにもかもを相手に預けてしまったような気分になって、実際に行為の予測がつかないから余計ひとつひとつの感触を鮮やかに感じてしまう。手を伸ばしてみてもこちらが不器用なのかそれともわざとなのか、空をつかむばかりで辻さんは触れさせてくれない。もどかしくてシーツをつかんだ。辻さんは僕の……乳首を……舌先でなぶるようにして、くすりと笑った。
「すごい、敏感」
「やだ」
「嘘。感じてるんでしょ。気持ち良いって言って」
また舌で触れて、唇で摘んで、吸って。恥ずかしくて僕は歯を食いしばっていたけれど、執拗いぐらいにされて思わず身をよじってしまう。ぅん……咽の奥が勝手に音を立てて、辻さんは満足そうな声で言う。
「ほら、言いなさいよ」
「……いじわる」
「じれったいのが好きなの」
「あっ」
すっと指先がズボンの上から撫でてすぐに離れた。それっきり、なにもない。観念して僕は答える。
「違う」
「じゃあ言って」
「……気持ち良い」
「それで?」
えっと思う間に二つの掌が胸を撫で上げ、僕の足を跨いだ太ももをその付け根に擦り寄せながら辻さんは覆いかぶさってきた。耳許に唇をつけて、くすぐるような笑みをこぼす。
「どうして欲しいの」
言って、いままで散々弄ったところをきゅっとつねった。声が漏れる。もう抗う気にはなれなかった。
「触って」
「どこに?」
わかってるくせに。「僕の……」言葉に詰まって、僕は辻さんを見ようとしたけれど視界は塞がれている。きっとアイマスクの向こうで辻さんは獲物をいたぶる猫みたいな顔をしている。
「手を」
僕は片手で辻さんの手を探した。お情けなのか、辻さんは指を絡めてくれた。その指先を僕は自分の下腹部へ導いた。
「エッチ」
非難するみたいに言う。
「どっちがですか」
「歩海くんでしょ」
参ってしまう。不意に手が振りほどかれ、耳に触られた。視界が自由になる。マスクを外されたのだ。
「綺麗な目」
じっと見据えられてなにも言えなくなった。
「ちゃんと見てて」
僕を抱き起こしておいて、辻さんは床に膝を突いた。ズボンと下着を下ろさせてじかに触れて、あろうことかそのまま舌を這わせてくる。
「ちょっと、まって」
制止に構わず辻さんは口で愛撫し始めた。どうにもいたたまれなくて視線を逸らしたり目をつむるとしかし、愛撫をやめて「見て」と言う。僕が視線を戻すまでそのままでいる。上目遣いに僕を監視しながら辻さんは愛撫を続ける。だんだん昇り詰めてきて、思わず目を閉じてしまっても行為は止まるので羞恥と欲求とのジレンマでどうにかなってしまいそうだった。
「もう、ゆるして」
「なにを許すの」
まるでなにも強いてなどいないと言わんばかりの問いに僕は詰った。「いじわる」
「さっきも言った」
「もうやだ」
「じゃあやめる?」
微笑む。憎らしい。ぎゅっと唇を噛んだ。辻さんは焦らすような手つきで僕の内腿をなぜてキスをする。僕はそれを押しのけた。
「からかわないでくださいよ」
言われた辻さんはきょとんとしていた。当たり前だ。きっといまの僕はものすごく滑稽だろう。シャツもはだけて、ズボンも下着すら下ろして。子供みたいに拗ねて。実際、大人ぶっただけの子供だ。
「遊びなんでしょう、どうせ」
わかってたのに、なにを今更。真剣につき合うなんて、言うはずないのに。
「好きなのに」
みっともない。泣くなんて。必死に堪えてどうにか涙はこぼさなかったけれど、あんまりに悔しくて惨めで、それ以上言葉が出てこなかった。
「……ごめん」
ひとつ息をついて辻さんは言った。
「ちょっとはしゃぎすぎたね」
立ち上がって僕の隣に座る。柔らかいベッドが沈む。そっと腕を回されて、一瞬逆らったものの、なんだかどうでもよくなって柔順しく抱き寄せられた。
「からかったわけじゃない、と言ったら、嘘になるかな」
柔らかな声音で辻さんは言う。
「でも、遊びじゃない」
「嘘だ」
「嘘じゃない……好きだよ」
そうやって甘い言葉をくれる。だから、騙されそうになる。
「やめてください」
抱かれた胸の温かさに溺れそうになる。もがいてももがいても敵わなくて、苦しくて辛くて疲れ切って、抗うのをやめてなにもかも諦めたら楽になれるんじゃないのかと、ふとよぎった瞬間を水底は容赦なくとらえる。気がつけば、堕ちて行くだけ。
片手で僕を抱いたまま、辻さんは再び僕に触れた。
「辛いでしょう」
触れているその腕にすがりついて僕は堪えた。
「いやだ」
「大丈夫。いって」
堪えたのなんて一瞬だった。頭の中が真っ白なまま、僕は辻さんの胸で荒い息をしていた。辻さんもじっと動かなかった。
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突発的に書き始めて本番入る前に力尽きました←